ネットワークを織りなす消費者

池田謙一 小林哲郎 重枡江里 2004 ネットワークを織りなす消費者 Japan Marketing Journal
要約+コメント< 要約 >
対人コミュニケーションから消費行動への影響過程についての分析は、重要性が高いにも拘らず従来の市場調査では測定しにくかった。しかし、インターネットを活用することによって、より正確に、より容易に当該過程を分析できるようになる。

対人コミュニケーションと消費行動は密接に関わっている。しかし、従来のDAGMARモデルに代表される広告効果モデルでは、対人コミュニケーションではなく、個人の情報処理プロセスに主たる関心が払われてきた。この考え方はマスメディア研究の文脈でいえば「強力効果」モデルに対応するが、当該モデルの説明力は大きいとは言えない。一方、マスメディアの影響が、対人コミュニケーションを経て影響を与えるモデルは「コミュニケーションの2段階の流れ」仮説(Katz & Lazarsfeld. 1955)に対応しており、当該モデルは淘汰選別の過程を経てきたものであり、有効性が高い。

対人コミュニケーションと消費行動の関係を分析するには、当該消費者の購買行動と関係の深い他者とのネットワークを抽出する必要がある。このための方法論としては、ネームジェネレーターとスノーボールサンプリングが有効である。前者は購買の意思決定ユニットの抽出を可能にするものであり、後者は周囲の他者から取得する客観的なデータにより態度や行動の変容を実証できる手法である。これらの手法は調査対象への負荷が大きく、実施に困難が伴った。しかし、インターネットを活用することによって、両手法の利用がより簡単になる。このため、より弱い紐帯についてのデータの利用や、マスメディア接触と対人コミュニケーションの相乗効果の定量分析が可能になる。< コメント >
全体として、妥当性が高く、興味深い議論が展開されていた。特に、インターネットを活用することによって対人コミュニケーションと消費行動の関係についての調査が簡単になり、質の向上が期待される点については説得力が高いと感じられた。以下では(1)対人コミュニケーションと消費行動の関連について述べられていた部分と、(2)今後の研究課題について、順にコメントを加えたい。

(1)について述べる。経験的に言って、製品特性(耐久財なのか消費財なのか)や同一の財・サービスを消費する単位(一人で消費するのか複数で消費するのか)によっては、必ずしも対人コミュニケーションが決定的に強い影響を持っているとは言い難いように思われるが、それでもやはり従来のDAGMARモデル・AIDMAモデルなどは対人コミュニケーションに殆ど注意を払っておらず、対人コミュニケーションと消費行動の関係の重要性を指摘することには高い価値が認められる。個人の内側の情報処理のみを想定するモデルと、個人の内面の情報処理に加えて対人コミュニケーションを組み込んだモデルの比較による実務的な示唆を今後期待したい。

(2)について述べる。メディア効果に関する社会心理学的知見から、広告と購買行動を分析する際に2段階の流れモデルが有用であることについて、理論的な説明は既に十分できているように思われる。次に必要とされるのは現場レベルで実現可能な社会心理学的なインプリケーションではないか。

具体的なインプリケーションとして、現場が欲している知見について考えたい。DAGMARモデルは、広告のコミュニケーション過程を、(1)未知、(2)認知、(3)理解、(4)確信、(5)行動の5ステップに細分化している。また、AIDMAモデルでは、それぞれのステップの間隙を(1→2)Attention、(2→3)Interests、(3→4)Desire、(4→5)Memory and Actionと命名している。2段階の流れモデルからは、それぞれのステップに他者とのインタラクションが影響を与えていることが示唆される。しかし、浅学の意見では、それぞれのステップに対して対人コミュニケーションが与える影響について、十分な分析を行っている研究は未だ存在しない。

例えば、商品の情報に初めて接して注意を払う段階における対人コミュニケーションの特質、商品への理解が十分に上がってから商品購入の意思決定を行うステップにおける対人コミュニケーションの特質などの研究など、実務家からのニーズは高いように思う。また、製品の市場浸透ステージ別の対人コミュニケーションの影響以外にも、各製品が競合の製品との関係においてどのような消費者認知をもたれているかによっても、対人コミュニケーションの効果は変わってくるように思われる。例えば、誰もがよく知っているトヨタ車についての対人コミュニケーションの性質と、ニッチ企業の光岡自動車をめぐる対人コミュニケーションの特質は異なっているだろう。どのような対人コミュニケーションを喚起する事を目的にするかによって、広告コミュニケーションの性質もまた最適化する必要があるだろう。戦略目標別の、対人コミュニケーションと広告戦略の最適化について、今後の研究を期待したい。