映画 鉄コン筋クリート tekkonkinkurito

映画 鉄コン筋クリート

良かった。ストーリーはまあまあだが、蒼井優の声が天才的な名演。

宝街という下町を舞台に孤児として生きる無垢な少年シロとそれを守るクロ。「飛ぶ」能力を持ち、暴力を生活手段とし、宝街を縄張りとしている。猥雑ではあるが、周囲の開発から取り残されて昔ながらの趣が残る宝街に、ヤクザの鈴木らが徘徊するようになる。それをよく思わないクロは・・・

という始まり。

鉄コン筋クリート (通常版)
アニプレックス (2007/06/27)
売り上げランキング: 23
おすすめ度の平均: 5.0
5 2Dアニメのひとつの到達点
5 文句なしにおもしろい!!
5 何がデキル?

以下、ネタバレ注意

宝街の不良であるアパッチグループのチョコラらは、鈴木が所属している暴力団組織・大精神会に対して楯突こうとするが、大精神会の木村らに痛めつけられる。クロは自分たちのシマを荒らした大精神会に怒り、木村らを叩きのめす。この失敗が元で、木村は大精神会の幹部で自分の恩人でもある鈴木から謹慎させられてしまう。

大精神会の暗躍は、宝街の開発を目論む地元デベロッパーの差し金だった。しかし、幹部の鈴木はこの町に郷愁を抱き、開発に反対するが、全く聞き入れて貰えない。地元デベロッパーのと手を組んだ海外のデベロッパーであるヘビは、木村の家族を人質に取り、木村に鈴木を殺害させる。

さらにヘビは3人の殺し屋を雇い、クロとシロの殺害を試みる。クロとシロは殺し屋の1人を撃退するが、シロが重症を負って警察に収容されてしまう。シロと引き離されたクロは精神を病み、シロもまた、クロに及ぶ危険と、クロの精神が暴力に飲み込まれる事を恐れる。クロは残りの殺し屋2人を殺害するが、内なる暴力に自我を乗っ取られてしまいそうになる。シロの呼び声がクロを正常に保ち、二人は再会し、南の島で二人で暮らす。

というストーリー。

■テーマ

テーマとしては、開発に取り残された街の変化、考え方の違いから反目して殺し合うヤクザ1、お互いを補完し合う2人の飛べる少年、など複数のテーマを扱っている。てんこ盛りだ。

■ストーリー

ストーリーは、こういったテーマを混沌とした形で飲み込み、シロとクロ、不良とヤクザ、ヤクザとデベロッパー、鈴木と木村、ヘビと木村、殺し屋達とシロとクロ、暴力と安心、などなど、様々な対立軸を変えつつ展開する。

重層的で面白いといえば面白いし、現実世界もきっとこのくらい混沌として様々な対立軸が行き来するのだろうから、こういった展開が好きな人もいるだろう。
しかし、残念ながら1時間50分の中で表現するには、テーマの絞り込みができていなさ過ぎる。きっと原作を余すところなく表現しようとしてしまう余り、観客をおなか一杯にしすぎてしまったのではないかと思う。ストーリーとして釈然としない点が残る。例えばアパッチグループのその後、クロとシロの将来を予言するホームレスの祖父さんもほっぽらかし、街の開発も子供の城が完成してそれからどうなったのか、ストーリーの核の一つである自我の話は突然すぎる上、勝手に自己完結。飛ぶ少年というだけでも面白いテーマなだけに、テーマをストーリーで表現しきれなかったのは残念。

■表現手法

表現手法については、ストーリーへの辛い評価の反対で、驚嘆の声しか出ない。掛け値なしに素晴らしい。


表現手法 - 声優

まず蒼井優の演技が素晴らしい。リリィシュシュの全てとか、フラガールでがんばって演技していたのは知ってるけど、いつの間にこれ程までに天才的な演技ができるように成長したんだ?と思わされる。失礼な推測だと思うが、クロの役は嵐の二宮和也だし、ある程度人気もあってそこそこ演技もできそうな女優、という程度にしかキャスティングの段階では考えていなかったのではないか。他の声優も役に合っていてとても上手だったけど、蒼井優の素晴らしさは群を抜いていた。


表現手法 - 効果音

これも良かった。砂利の上で金魚が跳ねる音、コンクリートの壁に張ってある地図を平手でたたく音、ガソリンが燃える音、巨大風船から空気が漏れる音、槍が刺さった時のエフェクト、心の闇との戦いの中でもう一人のクロがクロの手をつかむ時のエフェクト。覚えているだけでもこれだけだけの表現の独特な音があった。


表現手法 - 映像表現

少し不満も残るが、全体としては素晴らしい。不満なところは2点。
1)飛行の爽快感: 飛ぶ少年という格好の表現の種があるのに、飛翔の爽快感が殆どない点。飛んでいる時のカメラショットが殆ど引いたアングルからしかないのはどうよ。魔女の宅急便などのジブリ作品にあるような本人の目線と合わせたカメラワークが入っていればかなり違っていたはず。大変な作業であるのは分かるが、主人公たちへの感情移入ができるかどうかにも関わってくるので、描いてほしかった。
2)キャラクターデザイン: 原作通りだから仕方ないかもしれないけど、可愛くない。。残虐シーンや心の闇との葛藤を描く作品としては、可愛すぎても全体のトーンが変わってしまうのかもしれないが。

一方、良い所も沢山。つらつらと書くとすれば、
1) 演技: 登場人物達の目線や息づかいがよく伝わってきました。特にシロの演技。声優に助けられたとはいえ、11歳の少年が暴れた時のしぐさや、恍惚の表情、怒り、哀しみ、喜びなど、素晴らしい。
2) 宝街のデザイン: よくここまで書き込めるなという位、情報量が多い。日本語だけではなく、アラビア語タイ語の看板などを使っていたり、一つ一つの建物がちがうトーンで描かれていて街の雑多さをうまく表現している。モスクがあったり、銭湯の煙突があったり、空中をケーブルカーが走っていたり。また、色彩の設定も優れている。単純色の使用を避け、警戒色と鈍い色を使い分け、古びていく猥雑な宝街という設定を十二分に表現できている。電柱と電線の使い方も的確。
3) 妄想の映像化: シロクロも妄想の中での描写があるが、それらの表現が凄味があり、また美しい。
シロの妄想はリンゴの種から森ができたり、刺さったナイフからつぼみが膨らみ花開いたり、熱帯魚が飛び回ったりする無垢で美しいものが多いが、これらの表現がとても美しい。まるで水彩画が動いているようだった。
一方クロの闇との葛藤シーンでは暴力や怒りといった精神世界を、黒と鉄錆色をベースカラーとし、カラスや切り立った山を用いて、恐ろしさが伝わってくる。
4) スピード感: これもすごかった。特に、路面電車の上に乗って宝街を走っている時の背景映像や、電車の上に飛び乗ってまわりの景色が流れている疾走感など、素晴らしい。路面電車のシーンではカメラが斜め上からのアングルでおさえているので、後ろの建物は遠近法に従って小さくなりながら遠ざからねばならず、とても難易度の高い表現だったと思う。
というわけで、表現手法としての満足度は高い。

長いのでをまとめると、以下のような感じです。

鉄コン筋クリートはお互いを補完し合う2人の飛べる非行少年を中心に、古い街の開発や、それをめぐるヤクザの抗争をテーマにした映画。原作を忠実に再現しようとする余り、どのテーマも中途半端な扱いになってしまいストーリーには難があるが、蒼井優の天才的な声優の演技や巧妙な音響に加え、登場人物の演技の秀逸さ、街や空想の独特な表現、スピード感あふれる映像表現など、優れたアニメーション表現に支えられた傑作。